こわい話「使えないソフト売ります」

以前、雑誌に連載していた文章です。店のPRではなく、情報公開の一環です
 私は、生きがいとして、少ない給料のほとんどをマックにつぎ込んでいる。
今日も、ソフトをしこたま買い込んできた帰りだ。
その足で街を歩いていると、『使えないソフト売ります』の看板が目に入った。
使えないソフトか・・・使えないソフトねえ・・・私は、この、妙な宣伝文句を心の中で無意識に繰り返し唱えていた。
看板には小さな文字で別のことも書いてあるようだ。
私は確認しようと看板の近くに寄った。
『使えないソフトばかりを3000種類も収集。あなたが決して望まないソフトが必ず見つかります』
看板にはそう書いてあった。
望まないソフトが見つかるのか・・・望まない・・・私はぼーっとした頭で、看板に書かれた住所の方向へ歩き始めていた。
 その店は、銀座商店街の奥のつきあたり近くにあった。
そういえば、昔、ここは模型屋をやっていて、私が子供の頃、よく通ったものだ。
「宇院堂」という、まるで仏具店のような店名のためか、クラスでも通の連中にしか店の存在を知られていなかった。
私は数少ない常連客の一人だった。
お金がなかったため、何も買えなかったが、何時間商品を眺めていても店の人には何も文句を言われなかった。
少年時代の私にとって、あの店はあこがれの具体化とも言える店だった。
あの模型店がソフト販売業に転じたのだろうか。
少年時代の数々の思い出が胸に込み上げてくるなかで、私は、そっと、店の入り口の戸を開けた。
サッシの引き戸である。
 店長と見られる男が一人で店を切り盛りしているようだった。
男は、中年と呼ぶにはすでに老けすぎているように見えた。
小柄で、ずいぶんと太っており、頭の真ん中の部分が、おでこから後頭部まで見事にはげ上がっている。
 「使えないソフトには特定のパターンちゅうもんがあります」
男はこちらの目をじっと見つめ、太った体をゆすりながら話す。
 「ひとつのパターンとしてはですね、使おうとすると、必ず不幸が起こるソフト。
これは、バグっつうもんじゃない。
プログラマーが意図せずとも不幸が起こるソフト。
広い世間にはそんなソフトも存在するのですよ。ダンナ」
 男は、急に、身をかがめるようにして、声をひそめた。
客は他に誰もいないというのに。
 「たとえば、このソフト。
このソフトを起動すると、かならず、世界のどこかで人が死ぬ」
 えっ。そりゃあ、地球上に40億も人がいれば、ソフトを起動したと同時に死ぬ人だっているだろう。
縁起の悪いことを言う男だ。
 「おや、なんです?その目は。
真剣にうけとめていない証拠ですな。
あなた、不謹慎ですぞっ。
事実、このソフトを起動したとき、病院に入院していた私の娘が息を引きとったんです。
あんた!人一人が死んでるんですぞ。
いまいましいことに、このソフト会社、はっきりと人が死んでいるというのに、責任を取ろうとしないのだからあきれる。
私は告訴さえ考えていますがね」
 そういえば、私も評判がよいソフトをうん万円も買い込み、妻と大喧嘩をして家出をしている身分だった。
不幸ねぇ、たしかに、不幸を呼ぶソフトというものは存在するかもしれない。
 「次に、このソフトを起動すると、愛し合っていた二人が別離の道をたどる」
 私は、自分の心を見透かされたような気がした。
今ごろ、妻と子供たちはどうしているだろうか。
あのとき、家族の反対を押しきってボーナスでソフトを買わなければよかったのだろうか。
でも、買いたくて・・・
 「こっちのソフトを起動すると、受験生が不合格になる」
 そういえば、息子の洋一が高校に落ちたのも、もとはといえば、例のソフトを買ったからだった。
私のかわりにハマリまくった洋一の成績ががくんと落ちてしまった。
おもしろすぎたのだ。
 「こっちを起動すると、順風満帆と思われていた人がリストラ対象になる」
 家族との別居に耐えられず、神経を病んでしまった私が会社のリストラ対象になったのは、不当でもなんでもなく、自分でもやむをえないと思っている。
残念だ。しかし、仕方が無い。
それにしても、今の自分の境遇が、すべて、例のソフトが原因で起こっているようだ。
私は確信を持ち始めていた。あのソフトはできすぎていたのだ。
 「で、これだ。このソフト。これを起動すると。。。。」
どうなるのだろうか。
 「へへへっ。あんた、いま、一瞬、”どうなるだろうか?”と、思ったでしょう?ずぼしだね、いぃっひっひ」
 たしかに、こいつは、悪趣味な男である。
しかし、この男、なんだかんだ言っても、こちらの思うことを次々と言い当てている。
こちらの不幸を見透かしている。
 「どうなるんですか?」
 「使えないソフトを、あのごみ箱に捨ててしまいたくなるのさ。いーっひっひ」
 そこには、どこぞのパソコンのデスクトップにあるアイコンと同じデザインのごみ箱が置いてあった。
私は、それを見ると、わきに抱えていたソフトをごみ箱の中に放り投げ、店を出ると、わあわあ泣きながら、一目散に走り去った。