ラブレター

以前、雑誌に連載していた文章です。店のPRではなく、情報公開の一環です
 受け取ったメールが自分宛のものでないとはっきりわかるときのこそばゆい感覚は独特のものだ。
 「はじめのうちは、あまり気になりませんでした。
 それが、去年の1月あたりから、他の女性と違うものを感じるようになりました。
 でも、ぼくの気持ちは言い出せません。
 他の女性には気軽に話しかけられるのに、あなたには、どうしても気軽に話しかけることができません。
 ただ、遠くから見ているだけでした。
 そんな時期が続いて、もう1年。
 どうにかしようと焦り続けての1年は長かった。
 あなたがメールアドレスを持っていると知って送ったのがこのメールです。
 ぼくは、Macintoshを使ってます。
 あなたもMacintoshならいいなと思います。
 Macintosh使っている女性って、やさしい人が多いんです」
 このメールは、明らかに、相手を間違えている。
女性宛のメールで、ぼくへのメールではない。
内容が内容だけに、不思議な感覚は増すばかりだ。
 「きのう送ったメール、読んでいただけましたか。
 メール書くのにすごく時間がかかりました。
 あれから、疲れて寝たのですが、布団の中にもぐったら、また、あなたのことを思い出してしまいました。
 メールって瞬時に届くっていうじゃありませんか。
 今ごろ、もう読まれているかもしれない。
 そう思うと、体が熱くなりました。電気アンカを”強”にしていたからかもしれませんけど。
 とにかく、布団の中で”うわー”っと叫んで悶絶していました。」
昨日の男からの間違いメールだ。朝っぱらから、まいるね。
 「今朝、送ったメール、読んでいただけました?気になります。
 ”布団の中で悶絶”なんて、勘違いされそうなこと書いたし。
 Macintoshに手紙を読ませてみて赤面しちゃいました。
 悶絶っていうのは、めちゃくちゃ照れくさくてウワーってしたってことなんです。
 いま、仕事中です。
 仕事中もあなたのことを思い出してしまいました。
 デジカメで撮ったぼくの写真、添付して送ります」
ぼくもSOHO環境にいるもんで、専用線使用だからして、メールは24時間体制で受信できるのだが、自分の顔写真送ってくるような間違いメールには、頭をかかえてしまう。
 「さっき出したメール、読んでいただけましたか?
 もう何通目でしょう。
 読んでいただけているのなら返事をください。
 インターネットのメールって相手が読んでくれたかどうか、わからないっていうじゃないですか。
 そんなのないですよね。
 きっと、読んでくれている。
 きっと、読んでくれて、そして、ぼくのことをわかってくれていると思うのです。
 好きな女性の事を思い浮かべて食事を取る。
 最高です。
 ぼくは、あなたと二人で草原に行き、青空の下で、お弁当を広げて食べているつもりでランチをとっています」
なんだか、勝手に妄想が進んでいるようで、気が気ではない。
送り先のアドレスを間違っている。
それは確かなのだ。
送り主に知らせるべきなのだろうか。
 「がまんできずに、またメールしてしまいます。
 1時間前のメール、読んでくれましたか?
 返事がもらえない。
 すごく、つらいです。
 たとえ、ふられてもいいです。返事をください」
だからねー。
君の彼女はメール読んでないの。
ぼくが読んでるの!
 「15分たちました。
 さっきから仕事でミスばかりしています。
 おかげで、直接の上司が一人詰め腹切らされてリストラされそうです。
 ぼくですか?ぼくは、まだまだ大丈夫です。
 だって、その辺の中年とはイキオイが違います。まだ25ですし。
 ところで、メールの返事、いつごろもらえますか?」
いつごろもらえますかってなあ。君。
 「一人で食う夕食。さみしいです。
 あなたとの生活を頭に思い浮かべると、なおさら現実とのギャップに悲しみを感じます。
 さっき、”とも子、好きだよ”って小さな声で言ってみました。
 となりの部屋のやつに聞かれたかもしれません。
 でも、いいんです。
 もう、誰に聞かれても、誰に知られても、ぼくの心は真実に満ちているのですから。
 Macintoshに録音したので添付して送ります。
 あなたの控えめなところ。大好きです。
 控えめなのでメールの返事が書けないのでしょうか。
 まるかバツかだけでもよいです。メールをください」
君の真実ってやつは、とっくに、ぼくに知られてるの。
録音も聴いたけど、ぞっとしたよ。
 「夜の静けさが、ぼくの胸をしめつける。
 必要なのは、あなただけ。
 メールの返事、書いてくれていますか。
 1文字に5分かかったとしても、とっくに書けているはずですよね。
 ああ、夜ってどうして、こんなにも長く、こんなにも重いのでしょう」
君さぁ、勝手な思い込みはやめてくれって。
 「あれから5分たちました。
 今日が昨日に変わり、明日が今日になる時刻です。
 あなたからのメールは来ない。なぜ?
 あなたのいない今日なんて、ぼくには、考えられない。
 ぼくには未来がない。
 あるのは死のみ?」
男は死ぬのか?
このまま放置するわけにはいかない。
ぼくは、メールの返信を書こうと思い、なにげなくメールヘッダを見て、あっと声をあげた。
そのメールはmajordomo系のメーリングリスト宛のものだったのだ。
入会した覚えはない。
不特定多数への同報配信システムの利用である。
その後、ぼくは、何百通もの”自殺を思いとどまるよう説得するメール”を見ず知らずの人から受け取った。