以前、Web上で発表した文章です。店のPRではなく、情報公開の一環です。 このことにはじめて気づいたのは、高校生のころだった。
国語の教師が、「来る(くる)」という言葉を否定するとどういう形になるか、という質問を発した。
指名された私は、「きない」と答えた。 もうひとり指名された生徒は「こない」と答えた。
要するに私は間違っていたわけだが、教師はクラス全員に挙手による意思表示を求めた。
その結果、私だけが「きない」で、他の全員は「こない」であった。
他に、鮮明に覚えていることとして、こんなこともあった。
私が通っていた高校は男子校だった。近所に女子高校があった。
男子高生にとって、その女子高のフェロモンはそうとうなものだった。
その女子高と交歓会をやろうという提案が、ホームルームの時間に出された。よくあることだ。
交歓会を実施するかどうかについて、クラスのみんなの意見を挙手できくことになった。
その結果、私ともう1人だけが交歓会反対で、他の生徒は交歓会に賛成だった。
提案に反対したもう1人の生徒には、まっとうな反対理由があった。
その生徒には、特定の交際相手がいたので、交歓会に参加することは、自分にとってむしろ不都合だったのだ。
よって、反対したのは、事実上、私だけだった。
こうしたできごとを引き金として、挙手をすると私だけが取り残される経験を山ほどした。
私はマイナーである。
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