パソコン購入の美学

以前、雑誌に連載していた文章です。店のPRではなく、情報公開の一環です
「けしからんやつばかりだ!」
男は少し顔を痙攣させて言った。
歳は50を越えたか越えないかぐらいだろうか。
若い頃プロゴルファーをめざしたというだけあって肩幅の広いがっちりした体格で、長身、頭髪も豊か、まるで外国人のように目鼻立ちのくっきりした顔で、しかも、柔らかい声をしていた。
「最近、マックがほしい、ほしいけどカネはない。
そんなこと言う人物が増えて来た。
情けないと思いますよ。
こんなやつは、話にならん人物だ。いいかげん甘えるな!カネぐらい何だ!」
口調は物静かだが内容は過激だ。
「いいですか。
ここんとこを雑誌にはっきり書いてほしいネ。
あんたらパソコン雑誌だってマスコミのはしくれだろ。
ちっとは使命感は持っているはずだ」
男はいすに座り直した。言ってることが失礼な男である。
「本当に欲しいもの。
それは、たとえ、自分の明日がどうなっても手に入れるもの。
だからこそ、欲しいわけでショ?カネがないくらいであきらめるんだったら、欲しいなんて言わなきゃいいんだ。
こいつは遊びじゃないんだ!」
そこまで言うと、男はまたいすに座り直した。
痔持ちか神経質かのどちらかなのだろう。
「仮の話をさせてもらいましょう。
もし、3000円のソフトが買えなかったとします。
しかし、欲しい。
じゃ、どうする?
かんたん、かんたん。
たとえば、食費を削ればいい。
こいつは効果的ですよ。
いっくら意志が弱くても、食費を削って3ヶ月もたてば3000円はたまる。
食費を削っても300円しかたまらなかったらどうするかって?
たとえば、車をやめる。
車は売り払う。
10キロくらいなら自転車でいい。
5キロくらいなら歩いたっていい。
なんなら、道ばたに捨てられた空き缶、空き瓶を毎日集めて売るのもいいだろうね。
あとね。
冬の暖房、夏の冷房をがまんすること。
まあ、私に言わせりゃあね、たばこをスパスパ吸って『カネがない』もないもんだ。
酒を飲み散らかして醜態を演じて、あげくの果てに『カネがない』はないもんだ。
CD買ったり、ビデオをレンタルできる身分で『カネがない』はないだろうが!
毎日あつい風呂に入れる人間が『カネがない』はないだろう。
水風呂でがまんすれば、1年で100円はたまるはずだ。
地道な努力をすれば1年で3000円くらいは貯まる。
それでソフトを買えばいい」
よくわからんが、話がせこくないか、この男。
「ただし、値切るなんてのは無しにしたいね。
たとえば、マッキントッシュは高いとか、フォトショップ日本語版は高いとか、そういうことを言う輩がいる。
しかしだ。
高いっつうことのどこが悪いんだって。
もともと高くてあたりまえのものが高くてどこが悪い?」
君は、どこぞの企業の回し者か?
「たとえばの話をさせてもらいます」
いちいち断りを入れんでもいい。
「たとえばの話ですが、ここに、とびきりの女性がいたとする。
あんたは、この女性が自分につりあうレベルに下がることを喜びますか?
喜ばんでしょうが。
彼女がとびきりだからこそ、彼女を好きになったんです。
彼女がすばらしいからこそ、自分の方からそれに近づこうと努力する。
彼女の方がレベル落としちゃいかんわけです。
彼女のレベルに近づくように自分も努力する。
当たり前のこってす。
マックも同じこと。
マックはそのままで、こっちが高きレベルまで近づくべきなんだ。
ゲーテの若きウイリアムテルの悩みのように。
あ、ウェルテルだっけ、ファウストだったかな。
まあ、いい」
そ、そうだろうか。
「くどいけど、マックだって同じよ。
もし、マックが5円だったとして、あんた、買う気になるかっての。
5円は5円であって、5円以上の何モノでもない。
マックがとびきりだ、フォトショップがとびきりだからこそ、高い金を出そうとする。
全財産を投じて身をほろぼそうとする。
それこそが純愛ってもんでしょう。
その証拠に、私は50万のマックを500万で買ったっていい」
わからない。この男の真意がわからない。
「それでこそ、人間の尊厳が保てたというわけです。
イコール、マックのファンとしての尊厳がね。
死んでも値切っちゃあいけない。
まあね。もし、2000万円のソフトがどうしても欲しくなったらね、退職して家を売り、それこそ24時間アルバイトで金をため、500万くらいは借金して、家族には泣いてもらう。
あるいは離婚もあるでしょうよ。
まあ、家族に協力してもらうのは当然だろうね。
俺が人生かけたことなんだぜ。こいつは人生なんだっ!
そのものが、本当に欲しいのなら!本当に欲しければ!
世間様は、家族に苦しみを与えて、何てやつ!と言うかもしれないが、オレの信念をわからぬような者は、家族でも何でもない。
即刻、出て行け!
欲しいモノを獲得するために全力を尽くす。
これこそ美学だ。
哲学だ。
この美学は、欲しい仕事、欲しい資格、欲しい人、どれを得るのにも通用する」
そう言うと、男の顔の筋肉のふるえが一段と激しくなった。