追及! ある情報処理学院の思惑(1993/2)

以前、雑誌に連載していた文章です。店のPRではなく、情報公開の一環です
 依頼者によると,パソコン好きの会社員が脱サラして,いきなり学生規模1000人を越える情報処理の学校を開校したようなので,どんな様子か見てきてくれないかという.毎回,奇妙なネタに振り回されてきた僕だが,今回のネタはレポートする価値が高いかもしれない.と,言ってみたものの,パソコン好きが高じて,みずから情報処理の学校を作ってしまったというのは話がデカい.ここはひとつ,どういうカラクリなのかじっくりと追及したい.
 場所は埼玉県U市.その市役所の近くということで,これはもう一等地ではないだろうか.と,僕たちは期待したのだが,地理的に一等地でも位置的には難があるということがわかった.なんと,めざす学院は8階建てのビル”スカイパシフィック”の7階を借りているのである.ここに,”テクノブルーレイクス学院”(TBLという略称を使っているようだが,ここでは,以後,単に学院と略す)がある.貸しビルで運営していると言うことは校舎が学校の所有ではないわけだから,いわゆる専門学校として文部省の認可を受けていない無認可の各種学校ということになる(専修学校の設置基準としては,1年以上の修業年限や年間800時間以上の授業時数,生徒定員40人以上の他,生徒数に応じた教員数,教員の資格,校舎の面積などのいくつかの基準がある.専修学校のうち,専門課程を設けている学校を専門学校と呼んでいる.と,言うものの,僕も門外漢なので,この辺の記述で違っていたらメールで知らせてほしい).7階にはいくつかの部屋があり,それぞれはそう広くもない.これっぽっちのスペースで1000人もの情報処理教育をするのは無理だと思うのだが.
 エレベーターを降りた我々は,ひととおりあたりを見回した後,”事務室兼学長室”と書かれた部屋に入った.中では,女子事務員一人が,机にほおづえをついて,ぼんやりと窓の外を眺めており,もうひとり,眠そうな目をした男がソファーに沈んで新聞を読んでいた.一瞬,だるい空気を感じたが,彼は,こちらの姿をみつけると,急にしゃんとしてかけよってきた.
 「いやあ,よく来てくださいました.もう,一目ですぐわかりましたよ,アスキー関連の方だってことは.さすが頭を使う会社ですよね.なんていうんですか,かもし出す雰囲気というかオーラが違いますからね.ま,冗談はこの辺にして,私が学長の蓼沼です.よろしく.」なかなか好人物そうである.髪の毛は少々薄く,体型はかなりだぶついている.身長は低い方だ.年齢は50前後か.脱サラとしてはおそい脱サラだが,さすがに自分の学校を作るとなると,資金集めに時間がかかったということだろう.
 我々は蓼沼学長の後をついて7階を歩いた.「ズバリ,教室がせまいなとお思いでしょう?しかし,実際やってみるとそうでもないんですね.実習室がここで,コンピュータが20台あります.なあに,中古品だから安いもんですよ.基本的には一人1台ですが,授業によっては2人で1台のときもありますね.で,40人の講義室がむこうにひとつ,この2つの教室だけで学院は運営されているわけですけど,ここんとこが重要なんですが,マネージャーのいわゆる時間管理と空間管理の腕前ですね.時間管理と空間管理をきちんとやれば,この教室規模で1000人以上の学生を回転させることが可能です.どうやるかっていうのは秘密ですけどね.それ,教えちゃったら真似する人がでますから.簡単に教えられません.これだけで数百万円の価値があるアイデアですよ.ま,全部秘密にしては記事にならんでしょうから,ヒントくらいは教えましょうか.当学院では午前,午後,夜間の他に早朝,そして,ランチという5つのコースがあって,それぞれ3時間で学生を入れ替えています.しかも,週前半コースと後半コースの他に,休日集中コースがあり,あと盆暮正月集中コースがあります.それぞれABの2クラスがあり,実習と講義とを交互に行いますから,これで単純に,教室の収容能力の20倍以上の学生を回転させることが可能です.さらに,学生は毎日5%ほどの人数が休みます.で,結局1000人以上の学生をさばいているわけです.ま,これとて,ひとつの方策にすぎませんけどね.」どうやら,とんでもない学校のようである.学長は得意げにまくしたてる.
 「ま,イスや机を3次元的に広がりのある配置にすれば,まだまだ学生は入りますね.ほら,2階立てバスの原理ですよ.ハイテクスクールだから,いっそ3階建てにしちゃいましょう.3階立て机を作れば,3倍の3000人の学生を回転させることもできるわけです.学校運営はアイデアしだいですな.アイデアさえあればいくらでも学生は収容できます.」収容という言葉が気になる.
 「世間は水増しだと非難しますが,無責任な中傷ですね.連中は教育をわかってない.教育というのは,広く浅くという,つまり,なるべく多くの人に一定の知識,技術,教養を身につけさせるというのが一方の目的とすると,とりわけ優秀な人を輩出する,という他方の目的もあるわけです.優秀な人の率はせいぜい1%が限度でしょう.で,集団を作れば,かならず,できるのからできないのまできれいに層をなしてくるわけです.あなたの会社だってそうでしょう.入社したての社員の能力はほぼ横一線だったかもしれませんが,時間がたつにつれてその中で頭角をあらわしてくるような,つまりできる奴は限られていき,脱落する奴,できる奴を横目で見て趣味に逃避する奴,くだらん女にうつつをぬかす奴,と大多数は落ちこぼれですよ.学校だって同じです.たとえば,大学.きびしい受験戦争を勝ち抜いて一定の能力を持っているはずが,入ってしばらくするとハシにも棒にもかからん連中が大多数になっちまうんですからね.もちろん,優秀な奴はマイペースで伸びて行きますけどね.もちろん,彼らはおちこぼれへの優越感を栄養にしてますます成長する.ま,言ってみれば,集団の中での大多数の落ちこぼれはひとにぎりのエリートを産み出す素地であるわけです.だから,集団は大きければ大きいほど,そして落ちこぼれが多ければ多いほど優秀な奴が生まれやすい.これが,真理.」とんでもない発言だ.どこからか抗議でも飛んできそうだ.聞いていて,ついに気分が悪くなる.
 「ま,小数精鋭などというと美しい言葉に聞こえますけど,金はもうからんは,手がかかるはで不経済そのものですわなあ.そんなんだったら,ここでやっているような教育の方がずっといい.黙っていたって,1000人いれば率的に言って優秀な奴が10人は出るはずですからねえ.特に,情報処理関係は,もともと,その学生がコンピュータ好きかどうかに大きく左右されるわけで,学校そのもののできは生徒のできに無関係ですからね.好きでもないのに学校へ来てコンピュータが身につくかっていったら,そんなことはないわけですから.私のところも,コンピュータのマニアは喉から手が出るほどほしいですな.こうしてがんばっておれば,10年後には世界のソフトウエア界を牛耳るような奴がでてくるはずです.」うーむ.学長はますます機嫌よくまくしたてる.
 「で,あと,ここの自慢は,充実した図書館が利用できることですね.きちんとした図書館が使えるというのはまじめな学校の重要な条件ですから,おろそかにはできません.そうねえ,蔵書数は200万冊かな.ざっと見積もって.」おお,これはすごい,1点豪家主義とでもいうのだろうか.たしかに,図書館は重要だ.
 「ほら,ここから見降ろしてください.あそこに見える建物.あれが市立図書館で,学生はあの図書館をタダで利用できるわけです.」とんでもない山師である.「それから,あっちには市民プールがあり,市民体育館があって,有料ですがゴルフ練習場もあります.文武両道,これがわが校のモットーですし.」学長は,完全にデキあがっている.
 「どうです,今日は教員の研修日なので授業はありません.教室を見て行きませんか.」と言う.ここは,応じることにした.
 いざ教室に入るなり,学長はあっと叫び声をあげたかと思うと,窓に走り,大げさな動作で窓を開いた.「いやあ,最近の若いもんはどうしてこうも臭いのかねえ.こういう商売をしていると気になっていかんのだよ」と鼻の穴をふくらませた.この,突然のできごとに,僕たちは,ギョっとしてお互いの顔を見合わせた.
 この記事がフィクションかノンフィクションであるかは僕だけの秘密だが,なぜか依頼者の誰もが真実を知っていた.なお,登場人物,団体名等は実在のものとなんら関係がないことをお断りしておく.