追及!入学祝いパソコン選び顛末(1993/1)

以前、雑誌に連載していた文章です。店のPRではなく、情報公開の一環です
 依頼者によると,このたび,某工業高校の情報科を受験する男子中学生の晴れの合格祝いにパソコンをプレゼントする話が某家庭で持ち上がっており,その機種を選定するためにワザワザ家族会議を開くという計画があるようだから様子を見てきてくれないかという.毎回のことだが,よくも,こういう些細なネタをさがしだしてくるものだ.
 さて,今回の目的地は神奈川県である.具体的には洗足学園大学のご近所であるといえばわかっていただけるだろうか.お宅はマンション”ドミトリー逆餅(仮称)”の3階の302号室.1階が貸し店舗と駐車スペースになっているので実質2階というところ.
 夜を迎えて,マンション内はかえって明るいが,しんと静まりかえっている.302号室を見つけだし,表札を確かめ,いよいよ呼び鈴をならそうとした瞬間,ハーイという声とともにドアが開き,中からでてきたのは,30代の後半あるいは40代前半と思われる女性.おそらくは,問題の高校受験生の母親だろうがタイミングがよすぎる.どこかで我々を監視していたのだろう,手に双眼鏡を持っている.ここで,丁寧なあいさつをおたがいに交わした後,いよいよ家の奥へと招かれた.
 中はわりと狭く,我々は一番広いと思われる6畳の部屋に通された.中央に家具調コタツがあり,そのテーブルには食器類がおかれ,まん中にガスボンベで使う携帯コンロがあって,その上に鍋がかかっている.鍋はもう煮えているようだ.その鍋を囲んで高校受験生の両親と祖父母と思われる2組の男女が足を入れ,もう一人,おそらくは妹と思われる女の子が足を入れている.
 「まあ,わが家は気楽な集団ですから,楽にしてください.」と父親氏.続けて,「ウチの裕一朗のヤツが高校を受験するんですが,その合格祝いにパソコンをということで,そこまでは意見が一致したのですが,まわりの者がガンコで,機種が決まらないと言うのがここまでの経緯です.ちなみに,私は98ノートですね,あれを押してます.これを押す最大の理由は,わが家の狭さですよ.見ればおわかりでしょう.一番妥当な選択なわけです.あ,まあ,ビールでもどうですか.」一同,ほっとする.それも束の間.
 「誰が,ガンコだ.」とどなる祖父氏.「ガンコはそっちだろう.だいたい,98ノートに未来はないといってもきかんくせに.入学祝いなら,なんといっても,あー,なんだっけな,あれは,あー,そうそう,マッキントッシュ.これできまりだ.」「だから,さっきから聞いているでしょう.98ノートのどこが未来なしなのかって.具体的にマッキントッシュのどこが98ノートよりいいのかって.こういう肝心なことになると話題をはぐらかすくせに.」「どこがだと?大輔,マッキントッシュは使いやすい,ソフトがいい.少なくとも98ノートとかパワーブックとかよりもソフトが使いやすい.」
 「雑誌からの受け売りのムードだけでマッキントッシュを他人にも勧めようとする.ひでえ考え方だよな.それならせめて推薦機種はマックぐらいにしといたらどうなんだろうな.最近はマックのほうがマッキントッシュより雑誌によく出てるし.」気楽は気楽なのだが,のっけから無意味なやりあいに,すでにこちらは気分が悪くなる.
 「そうよねえ,マッキントッシュって,あれ,外国のコンピュータだし,孤独な裕一朗にますますお友だちがつかなくなるんじゃないかしら.学校で話題が一致しなかったら,裕一朗もさみしいでしょうにねえ.私なら,一太郎にするわ.あれ,一番売れているんでしょ?」と祖母氏.とんでもない心配だ.「そうですよねえ.ばあちゃんもいいこというよな,友人にめぐまれた明るい高校生活を送るにはマッキントッシュじゃだめですよ.でもね,一太郎にするっていうのも賛成しかねるな.だって一太郎を買ったら,一太郎にしか使えないわけでしょ.あれはワープロだし.そこが例えば98ノートのようなパソコンだと一太郎以外にもいろいろ使える.98ノートならMS-DOSとかATOK7だって使えるんだぜ.」と父親氏.続けて母親氏,「そう言えばそうねえ.それに,裕一朗の中学卒業文集に私も書くけど,高校入学祝いに一太郎を買ってあげましたなぁんて書くと,パソコン音痴のその辺の母親連中に変に誤解されたりするでしょ.男を買うですってとか.いやよね.」
 「ところで,美津子さん,仙台のお父さんの方は,なんと言ってるの?」祖母氏.「雑誌で調べたら,DOS/Vがハード的にもソフト的にも一番だということです.だから本命はDOS/Vで,穴馬は大人気のオーバードライブってとこかしら.」と母親氏.「それは,まずいな.裕一朗が,小学校に入学した時も机の機種選定で負け,小学校2年のときに,自転車選定で負け,中学入学の時にベッドとTVゲーム選定で負けている.他にも七五三の千歳飴で負けているし5月人形では惨敗を喫している.美津子さんには悪いが,今回はなんとしてもあちらさんに勝たんと田中家のメンツが保てん.DOS/Vでもやられた日には,あ ー,なんだっけなあ,あ,今思い出した,マッキントッシュの影がうすくなってしまう.DOS/V,ああいうもんは若いもんに見せん方がいい.それにしても,仙台のやつ,雑誌のうけうりでモノを選んで,なさけない男だ.入学祝いにDOS/Vを贈るくらいなら,ゲームソフトのほうがいいと思うね,オレは.ああ,そうだなあ,案外,ドラクエ世代の裕一朗にはクアドラの方がいいかもしれんなあ,マッキントッシュより.」と祖父氏.
 「お父さんったら,いつも仙台のお父さんの事になるとライバル意識丸だしね.」と,祖母氏.「そりゃあ,そうだろう.嫁の美津子さんはしっかりしているからいいが,あちらのじいさんは酒癖が悪いからな.酒癖の悪い男のパソコン論は信用せんことにしている.ピー.」いきなり出たピーには,我々一同ギョっとして顔を見合わせる.
 「ちょっと待ってくれよ,今はパソコン機種選びをしているわけだろ.美津子,おまえはどうなんだ.どう考えているんだ.」父親氏.「裕一朗には画面が似合うと思うの.明るいイメージでしょ.裕一朗にはああいう感じの男の子に育ってほしいのね.」「よくわからんなあ.画面の何がいいんだ?」「だから,ああいう感じ.ああいう感じよ,絵が動く感じ.画面なら一太郎だって動くし.」意味不明.またも,我々は顔を見合わせる.
 「そんな甘いこと言ってると学校でピーされるぞ」(いったい,このピーってなんなのだ.)祖父氏続ける.「大輔.おまえこそ,98ノートのどこがいいっていうんだ?」「だからね,わが家の部屋の関係ですよ.でかいパソコン買ってどうするっていうんですか.」これを受けて祖父氏.「部屋の大きさでパソコンを選ぶなんて,まったく不純だ.3サイズで結婚相手を選ぶようなものだ.大輔,おまえは裕一朗の嫁をBWHのサイズが部屋にマッチするかという基準で選ぼうって考えなのか,おい.だいたい,98ノートでは力不足だろう,それに,ピーだし,ピーだろう.おまえも裕一朗のことをかわいく思うならマッキントッシュくらい買ってやったらどうだ.あれなら学校でいばれるが,98ノートではいばれんぞ.」「おやじは,98ノートそのものがきらいなんだ.そうだろ,え?でもね,聞くけどさ,98ノートがなにやらかしたっていうんだ?」父親氏,受けて祖父氏.「きらいじゃないよ.IBMにはいいイメージを持ってるしな.大輔,おまえこそ,仕事で98ノートしか使ってないからってそれを買えってのは自分本位だぞ.えらそうにいって,98ノートしか知らないってわけだ.まあ,真意は,あこがれのマッキントッシュの前でへたにはしゃぐと父親としての威厳がなくなるとでもいうのだろうが.」「それが,パソコンとどういう関係があ るっていうんだよ」「それに,美津子さんはサイズ的にわが家に不つり合いだ,大輔,お前の論からすれば離婚せねばならんな,わっはっは.」「なんてことをいうんだ,それでも,育ての親か!」「ピー,ピー,ピッピッピー.」意味不明.いよいよ,本格的な頭痛が襲ってくる.
 ここで,一度も発言していない妹さんの方を見るとヘッドフォンをしてTVゲームに没頭していた.私は,当の高校受験生はいったいどこにいるのかという疑問をその時初めて感じた.
 この記事がフィクションかノンフィクションであるかは僕だけの秘密だが,なぜか依頼者の誰もが真実を知っていた.なお,登場人物,団体名,パソコンの評価等は実在のものとなんら関係がないことをお断りしておく.