以前、雑誌に連載していた文章です。店のPRではなく、情報公開の一環です 埼玉県のKオートレース場に,パソコンを使った予想屋が出現したという情報が寄せられた.
ぼくにはオートレースの知識がなかったので,読者氏の情報に最初はピンとこなかったのだが,そちらの方面にくわしい知人によると,『オートレースというのは,オートバイのレースに賭けのシステムを組込んだいわゆるギャンブル』と,いうことだ.これを知ると,ぼくは,なんとなくそわそわしてしまった.
Kオートレース場があるK市まで,わが家から車で40分.そこまではよかったのだが,年始のためか,駐車場がいっぱいで入れない.ぼくたちは1時間以上も待たされてやっと入場.既にレースは第4レースまで進んでいた.
目的の予想屋は,西口から入って3番目の場内TVの横に陣どっていた.鉄パイプで作られた家型の囲いの中に,白い帽子に白い服を着た30代後半と思われる男がいた.カモメの水兵さんのいでたちだ.『オートレースアドバイザー,タラちゃん』という看板をかかげている.サザエさんか,君は!
囲いのまわりには『32ビットパソコンを駆使したAI予想』『ニュースで話題の一太郎V4使用』『まかせろEMS』『Cで大穴』などと書かれた赤青のタンザクが貼り付けてある.囲いの向こう側の壁には『このたび,BASICで書かれた予想プログラムを,プロ用言語として有名なCに移植したため,予想速度が300%,的中率が13.5%向上しました.なお,現在,C++,およびウインドウへの移植作業中.』という貼紙が見える.C++にすると,どのくらい的中率があがるのか.それにウインドウとは?
場内では第4レースも終り,第5レースの試走が始った.オートレースは一周500メートルの楕円形のコースを6周し,計3100メートルを時速150Kmで疾走し,勝敗を競うゲームだ.使うオートバイは専用のもので,左右のバランスも特別なら,ブレーキがないのも特別である.このオートバイを使ってレースをするわけだが,マシンの状態がよければスピードものる.で,試走とは,本レース前にマシンの調子を見せるために設けられたもので,選手は全力疾走しなければならないことになっている.試走タイムは100メートルの平均時間として入場者に伝えられ,その数値はレースの勝敗を推理するうえでの重要なファクターになる.
他にレースの行方を左右する要素としてハンデがある.ハンデとは,強い選手はスタート線の後方からスタートするというシステムのことだ.時には100メートルも下げられてしまうのだから驚く.ハンデが同じでも,インコースからスタートするかアウトコースからスタートするかによってもレースの行方は違ってくる.ここまででもかなりの推理要素だが,最終的にレースを左右するのは選手個人の持っているテクニックであり,また,そのテクニックをうまく使える運の強さでもある.
と,知人に教わった一夜漬けの知識から抜粋して書いたが,試走タイムはかなり重要な要素だ.試走タイムとハンデとインかアウトか,スタートのタイミング,過去の実績のデータ蓄積,この辺にコンピュータ予想の出番がありそうだ.さて,試走も終り,いよいよタラちゃんの予想が聞ける.
『ハイ勝負だよ~.次は穴,穴だよ.穴,狙いなよ.大穴.次は荒れるよ~.まかせなよ.タラちゃんにまかせな.スタートでぬけるのが1番,で,30ハン(注:30メートルのハンデのこと)で4番が5番をたたいて,前に2番がジャマして,もたついていると,さぁ,どうなる?わかんねえだろ?Cじゃなきゃわかんねぇんだよ.な,まかせろよ.な?穴買いなよ.3000万円だよ.タラちゃんは自信がある.あるってんだよ.な.1本だよ.1本.これ買っときゃ,もうかるんだよ.Cでやったんだから,間違いないよ.Cは高級言語なんだよ.おとーさん.』この,声のデカい男に100円を渡すと,小さな黄色い紙を手渡された.右半分に22(16)と書いてある.左半分には全8車(注:オートレースは8車立ての6枠制で行われる)の試走タイムが書かれている.
8車立ての6枠制で,5枠,6枠が2車だから,6-6ならまだしも,2-2というのはありえない.まいったな.タラちゃんしっかりしてよ.とりあえず,今回は車券は買わずに様子を見ることにする.レースの結果は3番が6周目の最後のコーナーで4番をとらえて,3-4できまった.配当は1200円.まあまあだ.
『おめでとー.』タラちゃんは上機嫌だ.往生ぎわがわるいぞ,サザエさん.『タラちゃん信じてくれてありがとー.3-4,中穴あたり.おめでとー.』すこぶる上機嫌だ.こいつ,本気なのか?と,思いつつ,タラちゃんの予想ペーパーをもう一度じっくり見ると,22(16)とある.とほほ,16進数!まんまと,はめられた.パソコン使いのタラちゃんはさらに進撃する.
『次は,いくよ.さあ,2連勝ねらうよ.ね,穴だよ.穴.穴,買いな.こっちは1-2-3使ってるんだから,ロータスだよ,他の予想屋は使えないよ.タラちゃんはパソコン使えるからいいんだよ.信じなよ.EMS10メガだよ.32ビットだよ.すげえんだよ.32ビットデスクトップパソコンでCだよ.アナ狙いのウインドウだよ.おれはページメーカーとエクセルも持ってんだよ.すげえだろ.パソコン使える予想屋だよ.TeXだってインストールしたんだよ.誰が,おれに勝てる?勝てっこねえよ.信じな.今度はマスマティカ使ったんだよ.さ,一本.数学で勝負だ!』電源も引いてないのに,その32ビットデスクトップとやらは,どこにあるっていうんだ,サザエさんよ.電卓さえも見あたらないじゃないか.それに,他の予想屋はどうしてロータスが使えないって決めたんだ.説明しろ,って反感.
次の予想ペーパーを前回同様100円で入手.今度はだまされないぞと思って見ると,なんと,こんどは予想タイムなどは前回と同じ様子だが,かんじんの予想が1-21-1である.だから1-1とか,そんな番号は来ないの!ありえないの!しょーもないので,今回も様子見にまわる.まあ,こちらはオートレースをやりに来たのではなく,目的はあくまでも取材だ.
さて,6レースの結果だが無情にも2-1で終わった.だが,タラちゃんは..『おめでとー.さあ,2連勝だよ.こんなら,Cで十分だよ.C++なんかいらねえよ.C++へのバージョンアップで金吸い取るんじゃねえよ.な,そうだろ.次も行きな.次も.』バージョンアップへの文句など予想と無関係じゃないか.
わからない.この陽気な男の考えていることがわからない.と,思いつつ,悪い予感がして,予想ペーパーをじっと見ると.なんのことはない,数字の1に見えたのは絶対値の|だったのだ.絶対値なんか,誰が知ってる?タラちゃんよ.それとも,君はアスキー読者の学力を試そうっていうのか?ああ,|-2|-1は絶対値をはずせば2-1になるよな.
『ホラ来た.おめでとー.次は穴.穴だよ.次のレースは荒れるよ.まかせなよ.とどめはCだよ.Cなら穴が狙えるんだよ.穴だよ.Cならアナが見えるんだよ.』アナアナと,アナが好きな男である.君は,そんなにCとアナが好きなのか.『エクセルだよ,マクロ.マクロでアナだよ.な,信じろよ.タラちゃんの,パソコン使いこなしレベルはすげえんだよ.Cなんか,他の予想屋は使ってねえよ.』あたりまえである.『アナ狙いにCの関数使ってんだよ.え?メイン使ってんだよ.え?すげえだろ.だから,信じろよ.穴だぜ.一度くらいアナを見てかえりなよ.気持ちいいよ,おとーさん』
予想ペーパーを見ると,からかいネタが切れたのか,まともに5-6,3-2,1-4,2-5と書いてある.今までは自信たっぷりの1本書きだったのに,今回は4本書きだ.荒れるレースなのだろうか.僕は清水の舞台から飛び降りて,4点,計4000円を買った.
車券を買うと,さすがに緊張する.4000円はでかい.ファンファーレが高鳴り,全車はうなりをあげて猛然とスタートし,直線コースをおもいきり飛ばした後,コーナーへなだれをうって切り込んでいく.まさに,スリリング.コーナーの競り合いはオートレースの醍醐味だ.そして,轟音をたててゴールイン.5-6だ.やった!心臓が高鳴る.配当はいくらだろうか.
5-6.配当110円.信じられない.4000円投資して,ズバリあたったのに払い戻しは1100円.2900円の損.『おめでとー.アナだろ.アナを見たろ.だから言ったじゃない.アナを見て,かえりなって.』タラちゃんはすこぶる元気だった.
この記事がフィクションかノンフィクションかは僕だけの秘密だが,記事中で紹介したオートレース好きの知人はなぜか真実を知っていた.なお,登場人物,団体名等は実在のものとなんら関係がないことをお断りしておく.
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