発見!人類初のコンピュータは日本製だった!

以前、雑誌に連載していた文章です。店のPRではなく、情報公開の一環です
 みなさんは,江戸時代末期の日本に,現代でも通用するほどの立派なコンピュータが存在していたことをご存じだろうか.
ぼくたち発見調査隊がこの話を初めて耳にしたとき,隊員の誰もが事実を疑った.
 今回の発見は,バベッジの解析機関でもないし,パスカルの歯車式計算機でもない.
フォン・ノイマンも真っ青の,れっきとしたプログラム内蔵型のコンピュータが日本で開発され,それも,江戸時代という大昔に完成していたというのである.
江戸時代と言えば鎖国というわけで,人類史上3大発明と言われるほどの大発明をやってのけるオリジナリティーが当時の日本人には備わっていたということになる.
これが事実ならば,歴史をくつがえす大発見である.
 さて,ぼくたち発見調査隊が,その家に到着したのは,文化の日も間近い11月1日の夕方だった.
かなり広い土地に平屋の木造家屋が建てられている.
見た所,かなり古い家だ.
庭は関東ローム層の赤土がむき出しになっており,少し奥のほうへ行くとそこは小さな山に面し,昨日の雨のせいか,山の木々や植物はしっとりと水分を含んでいた.
遠くで鳥の鳴く声が聞こえる.
まるで山水画のように静かで,環境のいい場所である.
 家の主人は50代後半と見える男性で,身長は低いほうでやせているほうだ.
顔全体がこわばっているというか,緊張しているというか,目の輝きがきつく,ちょっと気安く声をかけにくい感じの人物だった.
 「お待ちしていました.」予想に反して柔らかな声である.
「私もね,こいつを物置から見つけたときは仰天しましたよ.
なにせ,江戸末期ですからね,作られたのが.ほら,これですよ.
これ.」
彼は、そう言うと,たった今顔見せをしたと思ったら,さっさと奥に引っ込んでしまった.
 しばらくして,彼が奥の座敷からかかえてきたものを見て,ぼくたちは声もでなかった.
そのモノがコンピュータだとすると,自由に持ち運び可能だったということになる.
その点ではモバイル用途のノートパソコンも真っ青ではないか.
ぼくたちはさっそく外観を調査する.
 それは,高さ1メートルほどの台形の箱で,まわりには障子紙らしき和紙が張ってあり,下の方には,
”制作:源左右衛門.天保十二”とサインが入っている.
天保12年といえば1841年というところか.
それにしては,妙に和紙が白っぽいぞ.
 全体の骨組みはどうやら竹でできているようで,全体の重さは体積に比して異常に軽い.
それにしても,この時代にこれだけコンパクトで,これだけ軽いコンピュータが作られていたとすると,おそるべき技術力である.
最近のノート型コンピュータの技術をもってしても,せいぜい2キログラム近辺の重さにしかできないのである.
それが,江戸時代にこれだけ軽いとは.
 男は続ける.
「驚きましたか?
ええ,誰だって驚きますよ.
私だって最初は信じられませんでしたからね.
で,いちおう,事実関係を確かめるために,我が羽生家の過去帳をたどってみたわけですが,この源左右衛門という者は32歳の時に,このコンピュータを作ったことが記されています.」
なるほど.
 「それでは,火を入れましょうか」
男は,そう言うと,はりぼての箱の後ろについている小さな戸をあけ,そこにろうそくを入れ,火をつけた.
 「いよーっ.ポン」
突然家中に響く鼓の音に,ぼくたち発見調査隊は腰が抜けるほどに度肝をぬかれる.
あたりを見まわしてみたが,スピーカらしきものは見あたらない.
 「起動時のサウンドですよ.ま,起動時の音なんてのはコンピュータの価値にはなんの関係もないはずなんですけどね.
妙にリアルな音がするわけです.
デジタルサンプリングも真っ青ですなあ.」
男はこともなげに言う.
どうやら,たった今,とんでもないことが起こっているようだ.
 「この当時はデータの単位であるビットという考え方がなかったのでしょうね.
開けてみればわかりますけど,中に無数の細い竹ヒゴが入っており,それが,こうして,ゆるいカーブ状にまげてあって,末端はこれも無数のツメにひっかかっているわけですけど,データが来るとツメがはずれて,その部分の竹ヒゴが1本1本弾力で跳ね上がるときのタイミングでデータを保持するわけです.」
意味不明だ.
とにかく,微妙で繊細なすごい技術らしい.
 「日本には算盤のような優秀な計算機はありましたけど,コンピュータのロジックを作るような理論はなかったのでしょうね.
プログラムを組むにはこの竹ヒゴを1本1本セットしなおさなくてはならないのです.
バグ取りが大変だったでしょうなあ.
それに,ディスプレイのバックライトがろうそくでは暗すぎましたからね.」
バックライトがろうそく!
こいつ,ふざけているのではないか?
 「バックライトをつけなくても,和紙ですから透けて見える.
色物ソフトなどを試してみると,この透けて見えるという微妙な感覚がすごく興奮をさそうわけですよ.
江戸の町民はさぞ喜んだでしょうね.
 それからね.
このバックライトはCPUへのクロック供給の役割も果たしているわけで,3割明るいろうそくにすると,ベンチマークで3%は高速になるというのが利点です.
羽生家の過去帳によれば,より太くて長くて明るいろうそくを開発することに当時の各メーカーは躍起になっていたようですよ.
今も昔もメーカーはセコいことに力を注ぐもんですなあ.
ご苦労なこってす.
 でも,ろうそくっていうのは,強い風で消えてしまっても,すぐに代わりの火をつければよかったわけですからCPUまわりの故障なんていう概念もなかった.
修理は楽ですな.」
 ぼくたちは驚嘆した.
すでに江戸時代に,来たるべき未来の先取りをしたコンピュータが存在したのだ.
色物ソフトというのもすごい.
ニューメディアの発端はいつもこんなものだったのか.
 「注目すべきは節電対策ですね.
このコンピュータは電源不要ですから.」
最近のノート型パソコンでさえも実現できていないことをこのパソコンは軽々とやってのけている.
 「サウンド機能は鼓と三味線とイヌがそれぞれひとつづつ,内蔵されています.
ディスプレイが使えないときでも,サウンドだけは使えるようになっています.
実際,源左右衛門は寝るときに,これで音楽を聴いていたという記録もありますよ.」
MP3もCDプレーヤも真っ青である.
我々は、なんとなく,軽いめまいを感じる.
 「イヌですか?エラーが出たときのビープ音を三味線と鼓とイヌのなき声の3つから選べるようになっているわけです.
しかし,毎日の散歩が面倒で面倒で.」
ますます,めまいが高じてくる.
 「このコンピュータ,中に金魚鉢を入れて金魚を飼うこともできたのだからすごいでしょ?」
それにしてもすさまじいことになっていたものである.
 「当時は,このコンピュータに関するかわら版が何種類も出版されていて,それぞれに好き勝手なことを書いていたという記録もあります.
たとえば、これを見ると先ほどの”ろうそくの太さ”に関する特集記事が組まれていまして,
『これからは三寸ろうそくで決まりだ』なんていう記事ですよ.
この記事が出たら三寸ろうそくが飛ぶように売れたらしいです.
こっちには,『初心者でもできる,ろうそくの火のつけかた』なんていう記事もあります.」
昔も今も同じようなことの繰り返しが行われているようである.