以前、雑誌に連載していた文章です。店のPRではなく、情報公開の一環です 「社長、スケジューラの開発、終了しました」
ソフトウェア開発員の菅沼良夫は、そう言って笑った。菅沼は入社2年目の若手だが、開発する博多人形と呼ばれ、その敏腕は社内の一部だけで知られていた。開発に没頭し、1年中外出しないため、肌は透き通るように白いが、学生のころラグビーを見たことがあるといい、激しいプレーがたたったのか、前歯が3本欠けてしまったのが惜しいという。笑うと白い歯がこぼれる、敬語のへたな好青年だ。その菅沼が、開発コード”TABOU”というスケジューラの開発を終了したという。もちろん、マッキントッシュオンリー対応のソフトだ。
「で、その特長は?」
私は、社内では肩書きや本名で呼ばずとも”ドクター健忘症”で通ってしまうほどに、その筋では有名で、偉大なリーダーなのだ。
「いいことを聞いてくれました。企画の段階から、社長には何度も言ったことですが、社長は常にリフレッシュした頭脳で、何度でも私にプレゼンテーションの機会を与えてくれます。ありがたいことです」
菅沼は敬語抜きに語った。
「まず、このスケジューラはスケジュールを入力する必要がありません」
そんなばかな。スケジュールを入力しないでどうしてスケジューラなのか。私は、ついウキウキしてしまった。
「スケジュールを入力しなくても済むようにするため、われわれ開発陣は、地元大学と連携し、人間の行動パターンをじっくり観察、研究しました。サンプル収集の対象は幼児から老人までの1万人にもわたります。
その結果、われわれは、次のような結論を出しました。つまり、人間の基本的生活パターンはほとんど数種類の類型に分類されると・・・論より証拠、見てください」
そういうと、菅沼は慣れた手つきでマウスをダブルクリックした。
「最初の起動時に、生活類型選択画面になります。ユーザーはいくつかの生活類型パターンから、自分のパターンに合うものを選びます。パターンは自由にカスタマイズ可能です。1000以上もの予定行動選択肢から選択することで、類型パターンをカスタマイズすることができます」
おお!たしかに、このスケジューラはすごい。スケジューラのコペルニクス的転回だ。私は、以下のパターン”基本タイプA”を選んだ。
1:起床
2:洗面
3:朝食
4:通勤
5:仕事
6:昼食
7:仕事
8:退社
9:夕食
10:風呂
11:就寝
次に、「推奨時間」のボタンをクリックすると、1日の予定の数からして最もよいと思われる時間を割り当ててくれる。これだけで、スケジュールの完成だ。あとは、これにしたがって、毎日を生活するだけである。なお、生活が単調に思えてきたら、「シャッフル」ボタンをクリックすると、1日の予定をシャッフルしてくれる。つまり、夕食の後に風呂に入るというパターンが朝食の後に風呂に入り就寝するというパターンになったりする。生活に変化がつけられるわけだ。
「菅沼君、これなら、誰でも使えるね!」
私は興奮して言った。無邪気にはしゃぐ私がそこにはいた。
「社長!甘いですね」
意外にも、菅沼は厳しい目で私をにらんだ。彼の目は真っ赤だった。
「なさけないっす。こんなスケジュールを選んだら、社員になんといわれますか?打ち合わせはどうするんです?夜の接待はないんですか?会議は?そもそも、排便やトイレはどうなっているんですか?犬の散歩はどうするんですか?」
言われた私はショックだった。自分の生活パターンがほとんど、類型化していたことは事実だ。しかし・・・考えが甘かった。
「菅沼君、すまん、私は社長として君たち社員を大切に育てていかなければ行けない。そのことを忘れていた。このスケジューラは、そのことをあらためて思い起こさせてくれた。このソフトは人生の悲哀を謳歌するためのソフトだ。すばらしい、きっと売れるだろう」
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