追及!人間MS-DOS (1992/10)

以前、雑誌に連載していた文章です。店のPRではなく、情報公開の一環です
 シンジケートからの連絡によると,人間MS-DOSと豪語する女の人がい るらしいから,実際に会って真偽を追及してくれないかと言う.バカバカしい話 だ.
 と,最初は思ったものの,こんな世紀末的現象が起こるほどにMS-DOSという言葉が世間に浸透しているのかと思うと感慨もひとしお.ここはひとつ,パソコン文化の追及にもなると思って,この話に乗ることにした.
 場所は茨城県のつくば市.研究学園都市というやつ.考えてみれば,さすがハイテク都市だ.いまや,人間MS-DOSなどというゲテモノまで出没するというのだから.
 我々は車をとばして1時間半,つくば市のエステラーノ(仮名)という新築 マンションに到着.8階建てだ.まわりにもこのぐらいのビルが青空の下にひし めいている.この辺は,緑も多いが大半は植樹されたものらしく,空気も澄んで いるし人陰もまばらだが,都市じたいはコンクリート砂漠になりつつある.これ だけ大きな規模の開発がおこなわれたとすると周辺環境への影響も見のがせない ものがあるだろう.まあ,門外漢が心配することではないと思うが.
 当の人間MS-DOSはこのマンションの5階に居をかまえているという.我々は,エレベーターで5階まで上り,まようこと数十分,ついに居場所をつきとめた.部屋のドアには「?」の形をレタリングした20センチ平方大のシールが貼ってある.
 呼び鈴(でいいのだろうか)をならすと,中から出てきたのは,まだ30歳前後の女性だった.意外と若いな,というのがその時の第一印象である.つまり,いい印象を受けたわけだ.しかし,人間MS-DOSといえるような雰囲気はまったくなく,ごく普通の女性にしか見えなかった.彼女は全体的に知的なタイプで目にイキイキとした輝きがあるのが魅力.背は標準か,やや低い方に入るかもしれない.まっすぐな黒髪は肩まで素直に伸びており,色白で痩せているのでまるで日本人形である.と,いってもコケシを想像しちゃったりすると通じない.
 部屋の中に入れてもらって,まず,お茶などをいただき,名刺を交換して自 己紹介したりする.名刺によると彼女は”ハテナマーク2”というのだそうだ. ”ハテナマーク(?)”が2つという意味なのか,”ハテナ”のMARK2とい う意味なのかは不明.
 ここで,言い忘れないうちに書いておこう.この部屋にはアシスタントと称 するさらに若い女性がひとりいる.おそらくは近所の大学に通うアルバイトだろ う.お茶を入れてくれたのもアシスタントの彼女である.まじめな田舎娘という 感じで頬に赤みがさしたカワいい感じの女性である.と,いっても通じないな.
 で,さっそく本題に入る.
「人間MS-DOSということなのですが,さっそく見せていただいてよろし いでしょうか.」
「ええ.そういう話でしたから.」と,人間MS-DOS.
まあ,そりゃそうだ.事前に今日うかがう話をしておいたのだから.
「で,どうすればいいんですか.」
「まず,電源を入れてください.」
「電源?」
どこにあるのだろう.彼女の身体からは電源コードらしきものは出ていないよ うだし.
「人間MS-DOSですから,電気はダメです.かわりに栄養費をいただくことになります.時間制になってまして,1時間5千円ですが.」
こちらの様子をうかがっている.いいでしょうか?ということなのだろう.高 い気もするが,まあOK.
払うと「ポーン.」突然,人間MS-DOSが叫ぶ.
パワーオンの音のつもりだとこちらの理解がすすむまで数秒.あっけにとられ て,これからどうしたらいいのかさっぱりわからない.
「メモリーサイズ640K」と勝手にしゃべっている.どうやら起動時のメモ リーチェックをしているらしい.こいつ,本気なのか.
「人間MS-DOSバージョン5.0」と,言う.DOS5がインストール済 みらしい.面倒なインストールが済んでいるのはさいわいだ.で,そのあとも, なんとかを組込みましたの,なんとかが常駐しましただの,勝手にしゃべってい る.内容は不明.かなり異常な雰囲気で,既に気分が悪くなる.
「A:>」たぶんカレントドライブとカレントディレクトリの表示のつもりなのだろう.
「これは,やっぱりあれですか,内蔵ハードディスクかなんかから起動してい るんですか?それとも,ROM-DOSかな.」
 ところが,さっきまで猛烈な勢いで一方的にしゃべりまくっていた人間MS -DOSは今度はじっとしたまま.人間MS-DOSは寡黙だ.
 背後からアシスタント女史が「いいえ,フロッピードライブも使えます.」という.そうか,こういう時のためにアシスタントが必要だったのだ.人間MS-DOSにばかり気をとられていたので,アシスタント女史の突然の発言には皆でギョっとする.これがアニメの主人公みたいに高い声なのだ.と,書いても通じないな.
 さてフロッピーの話に戻ろう.そのフロッピードライブは,人間MS-DO Sと化した彼女の身体のどこにあるというのだろう.不覚にも私は,ちょっとH なことを考えてしまった.そのフロッピードライブは3.5インチだろうか,そ れとも5インチ,まさか8インチということはないだろう.そこでふらちな想像 は終り.細かいことはあとにおいといて,とにかく人間MS-DOSそのものの 追及を続けないと.
「キーボードはないんですかね.」
当然,人間MS-DOSは寡黙だ.
「完全音声入力になっています.」アシスタント女史.声が高い.こいつはこまった.音声入力の操作方法がわからない.
「たとえば,dirとか,耳もとで言えばいいのかな.」
「”最初に読んでください”と,”操作マニュアル”と”インストールの仕方 ”の3冊のマニュアルがあるんですが,マニュアルを読むより,やってみるのが いちばんです.」
「じゃ,dir」
「ドライブの準備ができていません.<読取り中><ドライブ A:>中止, もう一度, 無視?」と,突然,人間MS-DOSが叫ぶ.
こっちは,頭がパニック.こいつ.ふざけているのか.
「全角で入れたのが悪いんですよ.人間MS-DOSはデフォルトで起動時に全角モードですから.」アシスタント女史.く,くそっ.まさしく詐偽だ.
「それじゃあ,dirね.これでどうだ.」
「ドライブの準備ができていません.<読取り中><ドライブ A:>中止
, もう一度, 無視?」と,人間MS-DOS.
「その,”それじゃあ”とか”これでどうだ”とかいうのも入力されちゃうん ですよ.音声入力ですし.」まいったな.よし,今度こそ.
「dir」
「ドライブの準備ができていません.<読取り中><ドライブ A:>中止
, もう一度, 無視?」と,人間MS-DOS.
「全角モードを解除したとき,半角カナロックモードになるんですね,ハテナマーク2は.」こいつはとんでもないFEPだ.
「そんなハズないな.いままでローマ字入力していたんですよ.」
「でも,そうなっているんです.きっと,どこか変な操作をしたんじゃないで すか?だいたい,初心者はいつもこうですからね.自分の無知を柵にあげて,機 械や他人のせいにするんですよねっ.」
「とにかく,早く次へ進みたいなあ.」
「わかりました.そういうこともあるかと思って,Bドライブにはautoexec.bat が記述してありますので,即,アプリが起動できます.追加料金をいただければ リブートしますけど.」
 そういうことだったのか.まあ,ここはしかたない.リブートしよう.
 リブートでも,しょうもないことに,さきほどの一連の儀式=つまり,”ポ ーン”からメモリーチェック,デバイスドライバの組込や常駐ものの組込までを ダラダラと繰り返す.このときのユーザーにはおかまいなく勝手にベラベラしゃ べる様が見ていて本当に異様で,言っていることが意味不明なので頭がくらくら する.
 まあ,とにかくリブートには成功したようだ.そこからautoexec.batの実行 が始まったらしく,「echo off」と言ったあと人間MS-DOSはまたもや寡黙 になる.人間MS-DOSは基本的にGUIを採用していないらしい.
 かと,思ったら突然踊りだし,今度は手やら足やらをクネクネと動かして室 内を蝶の様に乱舞である.「らんぱっぱあ,らんぱっぱあ」アプリケーションソ フトの実行が始ったらしい.
 いいかげんやめろ.こいつは異常だ.もうやめてほしい,これ以上見ていられないと思った時である,ダンスは急にストップして,人間MS-DOSは床に崩れ落ちてしまう.ひょっとして,ソフトの暴走か.
「メモリーが足りません」と人間MS-DOS.どうやら起動中にエラーでストップということらしい.バカバカしくて,つきあってられない.
「あ,そうだぁ.このアプリ動かすにはプロテクトメモリが5メガないと動かないんだっけ.すいません.」とアシスタント女史の高い声.その時の,呆然とする私を,想像してほしい.
 ここで,床に倒れていた人間MS-DOSは腰をさすりながら起き上がり,「と,いうことで時間が来ました.人間MS-DOSを使う時,最初は誰でもわけもわからないですから,こんなものですよ.でも,1日目で,アプリを起動するところまで行けたのですからよく使えたほうだと思います.ついでですから,人間Windowsなんかどうですか.どうせたいていのユーザーは起動するだけです.」と,言う.
 この記事がフィクションかノンフィクションであるかは秘密だが,なぜか編 集部の誰もが真実を知っていた.なお,登場人物,団体名等は実在の名称となん ら関係がないことをお断りしておく.