以前、雑誌に連載していた文章です。店のPRではなく、情報公開の一環です 私、田中宏は今年で50を超えた、まあ、自分で言うのもいやみに聞こえるが、とにかくつまらん男だ。
会社でマックが使えないのは私一人。
おかげでクビになったが、この2000年の時代、キーボードも打てない、マウスも動かせない、MacOSも使えないのナイナイづくしでは新しい職にもありつけない。
一人で悩んでいると、小学校の頃の同窓生に会った。
偶然だったが、なつかしい出会いだった。
話によると、彼は母校の教師として働いているという。
私はついつい、幼き頃の友である彼に泣き言を言った。
”マックをはじめとしてパソコンはなにもかも使えない、キーボードも使えない、マウスも使えない、ダブルクリックなどもってのほかだ。
かといって、国民みなパソコンの現代では、誰も同情してくれないし、話も聞いてくれない。
会社ではクラリスインパクトで文書を作ることが必須条件だ。
インパクトが使えない私は、今でも文書はすべて定規と筆記具で手書きだよぉ”
と、泣き言を言ってしまったのだ。
技術も知識もなく、生活力もない50男が哀れだったのだろう。
友は黙って聞いていた。
夏が過ぎ、もう冬だった。
失業以来、毎日、職探しは欠かしていない。
その日も、ちょうど、職探しに出かけるところだった。
郵便受けに昨日取り残した郵便物が入っているのに気づいた。
例の幼き頃の友人からの封書だった。
ありきたりの挨拶の後、文面には次のように書かれていた。
「メールでの連絡は無理なので手紙で失礼します。
田中君は、時代の重みを伝えられる貴重な存在だと思います。
ぜひ、一度、ぼくのクラスに来てくれませんか?」
意外だった。
自分が、”貴重な存在”だという。
どういう意味かはわからないが、とにかく気になる。
田中は小学校に行ってみようと思った。
そんな経緯があってやって来た6年1組。
教室に入る前から異様な雰囲気を感じた。
玄関から廊下から教室まで、とにかく、ありとあらゆる場所にマックが置いてある。
子供たちはマックのまわりに集まってワイワイやっている。
2000年の現代では、マックのまわりで遊ぶことが子供たちの唯一の楽しみであるかのようだった。
廊下の壁には”マックで遊ぶ元気な子”というポスターが貼ってあった。
田中は舌打ちした。
場違いな所へ来てしまったような気がしたのだ。
いよいよ6年1組である。
すでに気が重かったが、それを吹き飛ばす意外な現象が起こった。
自己紹介のときに黒板にチョークでサインをすると、田中の度肝を抜くようなものすごいリアクションが起こったのである。
子供たちが発する地響きのような感嘆の声。
湧き起こる拍手と押し寄せる賞賛の嵐の風圧に田中はめまいさえ感じた。
なんなんだ、これは。
うわああ。。きゃあああ。。うひょおおお。
阿鼻叫喚とはこんな状況のことを言うのだろうか。
田中は、子供たちが次から次へと差し出す紙にかたっぱしからサインした。
どの子も田中の手元を食い入るように見つめている。
視線が突き刺さって来るのだ。
サインをもらうと、男の子の中には興奮しておしっこをもらす子がいた。
かと思うと、女の子の中にはくずれおちるようにわあわあ泣き出す子もいた。
感極まったのか、誰もが顔を赤くしている。
上気しているのだ。
何が、そんなに。。。
田中は首をかしげるばかりだった。
「先生、字って手で書けるんですね」
そう言う少年の唇はふるえていた。
私は先生なんかじゃないんだ。
使いやすいマックさえも使えなかったダメ人間なんだ。
「先生、私にも、手を使った字の書き方を教えてください」
少女は、きらきらするひとみで、私を見つめた。
そのひとみにはどぎまぎしてしまうほどにはっきりと、尊敬の2文字が浮かんでいた。
ひととおりサインを書きまくった後、猛烈な興奮が渦巻く教室で、みんなで感想文を書く時間になった。
子供たちは机にそなえつけられた個人用のマック互換端末に向かってキーをせわしなく打ち始めた。
「ぼくは、今まで生きてきて、一番感動しました。
文字が手で書けるなんて、思いもしませんでした」
「私は、どうやってあんな微妙な曲線を組み合わせて字を書くのかどうしても理解できません。
トゥルータイプフォントを使わずに、よく、あんなことができますね。
ヘレンケラーの奇跡くらいの価値があると思います」
「Windows95マシンが使えない人が全人類の5%、マックが使えない人が全人類の0%になってしまった現在、手書きで文書を作成できるというのは人間国宝的な超絶的技術だと思います。
私たちはこの事実を未来に向けて受け継いでいかなければならないと思います。
誰もが使えるマックの便利さにおぼれて、私たちが人間にとって一番大切なことを見失っていたということを、田中先生は教えてくれました。
田中先生、今日はありがとうございました」
どの感想文にも私を絶賛する文面が踊っていた。
私は、プリンタから打ち出された、子供たちの感想文を読みながら、帰りの電車の吊革につかまっていた。
なんだかわからないが、自分でも興奮していた。
快い疲労感とともになんとも言えない充実感が体全体を包んでいた。
これだ、私のこれからの生きる道は。
この技術を次世代に伝えるため、日本全国の小学校をめぐって、見せてあげるのだ。
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